4月27日。この日は、本年度最初の全校朝礼で、わたし(校長)が全校生に講話を行いました。「ふれあいホール」から各学級に向けてオンラインで配信するスタイルも、コロナ禍の中で恒例となってしましました。この日、わたしはカメラの向こうにいる全校生に向かって、次のように切り出しました。

「みなさん、おはようございます。令和3年度になって、今日が初めての全校朝礼です。1年生にとっては、小学生になって、はじめての全校朝礼ですね。さて、今日は何月何日です?……そうですね。4月27日です。では、今日は何の日ですか?分かる子はいるかな?先生方は、いかがですか?……今日はいったい何の日でしょう?正解は、校長先生の誕生日です。『えーっ、そうやったんや。』という声が聞こえてきそうですね。○○先生なんかは教室で、『そんなん、分かるわけないやん!』とつぶやいているのではないでしょうか?」
次に、全く同じ内容が書いてある紙を読み上げました。下の写真がそれです。

つまり、何を伝えたかというと、「中身が同じでも、『話す』ことと『読む』ことは本質的に違うものである」ということです。テレビでよく見かける池上 彰さんや野村 明大さん(朝の「すまたん」という番組に出ておられる方です)は、ニュースを分かりやすく解説されます。紙や目の前にある投影機(プロンプターといいます)を見ながら話なんかされません。
相手に伝えたいことがあれば、紙に書いてあることを「読む」のではなく、伝えたい内容を自分の言葉で「話す」必要があります。子どもたちにとっても、こういう力は生きていく上で大切な力なので、この日の講話は、それを伝えるための内容・構成にしたわけです。このあとの日頃の指導については、学年の発達段階や児童の実態に応じて行うよう、教員に指示しました。特に、高学年になると、委員会活動などで全校生に話をする機会が増えます。そういった機会を捉えて力を付けて欲しいと思います。
後日談になりますが、口伝えで「27日は校長先生の誕生日だったんですね。子どもが(家に)帰って話してくれました。」という保護者からの話が耳に入りました。けっして誕生日プレゼントを狙った講話ではありませんので、お間違えのないように。