2月8日。3年教室では、国語の時間にグループで『モチモチの木』(斎藤 隆介・作)の朗読に向けた学習をしていました。まずはグループごとに分担するところを相談。



それと並行しながら、どのように読めばよいかを教科書に書きこんでいました。どんな朗読になるか、楽しみです。

ところで、上の写真に写ってる『モチモチの木』の切り絵を制作したのは、切り絵作家の滝平二郎さん。以前、わたしが(校長)が、病院の待合室で手にとった小学館の『サライ』№21(2003.11.6発行)に、滝平さんが『モチモチの木』の作者の斎藤隆介について回想している記事を目にしたことがあります。二人の親交が垣間見える記事だったので、持っていた手帳に興味深いところをメモしたことを思い出しました。引っ張り出してみると…。
◎斎藤さんは、わたし(滝平)の絵になかなか納得しない。『八郎』(校長注:大男の八郎は、なぜ自分の体が小山ほどあるのか知らずに生きてきた。ところがある日、村の田畑が大波に流されて泣く百姓を目にし、自分は働く者のためにあることを悟り、荒れ狂う海に立ち向かうという話)の習作をつくったときも、「おれの書いた『八郎』はあんな甘ったるいもんじゃない。もっと深く読め!」と言われた。
◎斎藤さんはよく癖のように「一行でもはずすと、俺の家はつぶれる。」とおっしゃっていた。作品の一言半句といえどもおろそかにせず磨き上げる。そこに作家としての自負があった。
◎わたしは切り絵を通して、人々のふるさとへの渇望に点火してみたかった。それが人間復権につながるのではないかと信じています。

滝平さんの回想に触れた後、もう一度『モチモチの木』を読み返してみると、作者・斎藤隆介の「言の葉(ことのは)」の一語一語が心に響いてきます。