奈良市都祁地区(旧都祁村)案内
- 峠を登ると開ける高原のくに。このくには、大和の中でもっとも古くから人が住みついたところです。現在の並松小学校あたりには、高塚遺跡があり、紀元前2000年の縄文時代にすでに豊かな文化が存在したことを物語っています。
- 稲作が始まり、集落が形成されるようになると、ここに独自の文化をもった古代国家「闘鶏(つげ)国」が生まれました。4世紀、大和朝廷に統一されるまで、独自の文化を形成していたようです。
- 大化の改新(645年)で律令制度が敷かれるようになると、この国は、「都祁郷」と呼ばれるようになります。平城京遷都(710年)の後は、現在の奈良市と伊賀の国(三重県上野市、名張市あたり)を結ぶ交通の要衝として栄えることになりました。
- 江戸幕府が開かれると、このあたりは伊勢の藤堂藩によって治められるようになります。農民は、稲作を中心に、薪炭(しんたん)やお茶などで生計をたてました。
- 平均標高470m、内陸性気候を示しています。平均降水量は1550mmで、平地よりやや多いです。
- 平成17年(2005年)4月に市町村合併で、旧都祁村は旧月ヶ瀬村とともに奈良市となりました。
※上記地図は、市町村合併以前のものです。「都祁村役場」は現在行政センターになっています。