答 辞

    
     

        奈良市立京西中学校

          第二十六期卒業生一同  


 

 木々の芽吹きにも、小鳥のさえずりにも、吹く風のやわらぎにも、春の訪れがはっきりと感じられる今日。いよいよ私たちの旅立ちの日がやってきました。

 かなり前から、この日が来るのを待ち望む気持ちと恐れにも似た感情にとらわれていたのですが、さきほど、校長先生から手渡された卒業証書の重みをずしりと感じ、「卒業」の二文字を深く実感しました。それと同時に、未来が目の前に無限に広がるのを意識し、自分の選んだ道を歩んで行くことに、大きな喜びを覚えました。

 ここで、私達の三年間を振り返ってみることにします。

 

 「お互いを大切にできるそんな京西つくろうや」という生徒会本部のスローガンのもと、明るく楽しい学校作りを目指し、さまざまな活動を行ってきました。すがすがしい生活をおくるためのクリーンキャンペーンや、一日の始まりをさわやかにしようと、あかるく元気に声をかけあったおはよう運動。また、このスローガンを受けて「なかまの輪」や「団結」を深めるように、目標を考えて、それぞれ取り組んできた学年や学級の活動を通して友情を深めてきました。

  しかし私達の学年には、弱い面が多くありました。「勉強がわからない」、「友達とあわないからクラスが面白くない」、といった理由で自分勝手な行動をとったこともありました。また、それを人のせいにしてみたり、いらだちを、友達や先生や物にぶつけたりしたこともありました。

 今になってみれば、何かできる事があったのではないか・・・と、後悔しています。自分を大切に出来ない友に、もっともっと声をかければよかった。私たちが目指す学校、それは校舎をきれいにするだけではなく、一人一人が大切にされ気持ちよく生活できる場所にする事です。

 

 「総合」の学習では、たくさんの事に気づくことができました。「どんな生き方をしたいのか」をテーマに「なぜ学校に行くのか」や「進路と私」といった学習を通し、「自分を客観的に見る」という事の大切さに気づきました。

 障がい者問題では、アイマスクをして廊下を歩いたり、車椅子体験や点字を学んで、障がいを持っている人の不便さを知り、解決の必要性を強く感じました。また、「ジェンダー」「部洛」「在日韓国・朝鮮人」の問題を学習をしていく中で、世の中にこんな事があるのかとショックを受けたことも多くありました。「差別は差別される人がいるからおこる」のではなく「差別する心」が生み出すものだと実感し、私たち人間が生み出したこういった問題は、私たち人間が解決しなければならないと強く思いました。

 そして、人の命まで奪ってしまう最大の人権侵害である戦争についての学習もしました。オキナワには「命どう宝」という言葉があります。これは「命こそ宝」という意味です。激しい戦争を経験し、大切な人を亡くした人々の悔しさや悲しさ、怒り、そして平和への熱い願いを込めた言葉です。

 今、私達は「命」を大切にしているでしょうか。

 今、私達は「自分」を大切にしているでしょうか。

 今、私達は「お互い」を大切にしているでしょうか。

 誰もが悲しい思いをしたくないはずなのに、現実の世界はとても危険な道に踏み込んでいこうとしています。各地で起こっている戦争やテロの恐怖は私たちの行く手に暗い影を投げかけています。また、心やすらぐはずの家庭内で起こる虐待の事実。もう一度、私たちはこの「命どう宝」と言う言葉の重みを考えなければなりません。「自分は今、何をしなければならないのか」ということに気づき、考えるきっかけを「総合」の学習の時間がつくってくれました。

 

 二年間の学習を経て、実際に出かけたオキナワへの「修学旅行」は、「平和の大切さ」や「友情・なかまの大切さ」が深い思い出となって心に残っています。特に心に刻まれているのは、地下壕であるガマに入った時に、ここで起きた出来事を思って足が震えるほどの大きな衝撃を受けた事です。私たちとあまり年齢の違わない少女たちのけなげな姿や死と直面した日々を思い、一番大切な人を自分の手で殺さなければならなかった生き地獄を想像し、戦争の恐ろしさに胸が激しく痛みました。ガマの中のくらがりを体験するために、懐中電灯の明かりを消すようにガイドの方にうながされ、一つ、また一つと消えていく時の心細さ。そして、最後の光が消えた時、真っ暗な闇の中で今までに経験した事のないほどの孤独感に襲われました。そんな時です。そっと、差し出された友達の手。手をつなぎ、ぬくもりを感じることで、勇気づけられたのです。生きていることに大きな喜びを感じた瞬間でした。

 その夜、ホテルで平和ライブがあり、海勢頭豊さんのお話と歌を聞きました。それは戦争の残酷さと虚しさ、命の尊さを強く訴えかけるものでした。

 

 

合唱―月桃  

 

  月桃ゆれて 花咲けば  夏の便りは  南風

  緑はもえる うりずんの ふるさとの夏

 

  月桃白い 花のかんざし  村のはずれの 石垣に

  手にとる人も 今はいない ふるさとの夏

 

  六月二十三日待たず 月桃の花 散りました

  長い長い煙たなびく ふるさとの夏

 

香れよ香れ 月桃の花  永遠に咲く実の  花ごころ

  変わらぬ命 かわらぬ心 ふるさと夏

 

 もちろん、修学旅行では、楽しかった事もたくさんありました。美しい海も、体験学習も、友と夜遅くまで語り合った事も・・・・全てが、忘れられない思い出となりました。私達の友情は以前よりも、ずっと深いものになりました。

 私たちは、「部活動」で、学年や学級を超えて、多くの人と出会いました。時には意見のくい違いからけんかになったこともありましたが、でも厳しい練習を通して、お互いを理解し、友情と信頼を深めることができました。

 一年生の頃は、先輩といるだけですごく緊張し、練習についていけず、苦しい思いもしました。その度に、友達や先輩に励まされ、もう一度やってみようという気持ちになったのでした。

 二年生になると、後輩が入部し、自分たちも少しは成長したような気がしました。夏休みを迎える頃には、先輩の引退で、自分たちが活動の中心となり、試合で勝つ喜びや達成感を味わうこともできました。引退を前にした最後の試合では、三年間の練習の成果を発揮して精一杯戦うことができました。試合の後には、三年間の思い出が一度に押し寄せ、胸がいっぱいになりました。

 

部活動を通して学んだ友達の大切さ、苦しいことに立ち向かう強い気持ちは、これからも私たちの大切な宝物になることでしょう。

 

 私たちにとって最後の「体育大会」は、かけがえのない最高の思い出となりました。最後ということもあり、一、二年の時とは違う特別な思いがありました。優勝したいという気持ちはもちろんですが、それ以上にチームの団結力を強め、一人一人が自分の力を発揮できて、みんなの心に一生残る体育大会にしたいという思いです。誰もが、今までよりがんばろうと思い、同時に最高学年としての責任をとても感じました。

 応援合戦の練習では私達三年生が中心となって、応援歌や振り付けなどの指導に全力を注ぎました。初めは恥ずかしがって声も小さく、動きもぎこちなかったため、放課後も残って必死で練習しました。

 当日は天候に恵まれ、青空の下、私たちはよいスタートをきることが出来ました。

どのチームも自分たちの持っている力を出しきり、真剣にがんばっていました。応援合戦でも練習の成果を出し、三学年全体のまとまりを感じることが出来ました。

 「なかまと協力すること」「努力すること」「やればできるという自信を持つこと」の大切さを学んだ最後の体育大会は私たちにとって忘れられないものとなったのでした。

 卒業を前に、私たちは三年間で最大の壁にぶつかりました。それは、自分の将来を決める上でとても重要な、進路決定という壁です。しかし、簡単に決められるわけもなく、自分の将来について、真剣に考え、悩みました。授業にも集中し、勉強も今までにないくらい、がんばりました。  

 けれども、どんなにがんばっても、そんなに簡単に学力は伸びません。また、最初は「自分にあった進路」など、どう考えればいいのかさえわかりませんでした。先生に話を聞いたり、高校体験入学にも出かけました。  

高校では、授業を受けて校舎を案内してもらい、少しずつ高校を身近に感じ、「進学したい」という思いが、高まってきました。 

やがて、学力診断テストが始まり、自分の学力をはかる機会が増えました。先生には「出来てないところをしっかり勉強して、次につなげるようにしなさい。」と言われましたが、結果だけが気になって、落ち込んだり諦めを言ったりすることが多くありました。

迷いながらも、ようやく自分に合った進路を決めたのは、去年の暮れのこと。進路について考え始めた頃、「なぜ高校に行くのか」と聞かれても、はっきりとした答えはわかりませんでした。ようやく今、一人一人がその答えを見つけたように思います。

「社会へ出て自立するための勉強と準備をするため」と答える人。

「もっと部活動がしたいから」と答える人。

「もう一度、勉強をやり直すため。」と答える人。

それぞれに、選んだ理由は違うけれども、後悔だけはしたくありません。この日まで、眠れない日を何日も過ごし、悔しい思いをしたり、意見のくい違いから家の中が暗い雰囲気になったりもしたのだから。

 見ていてください。

私たちは、自分で選んだ道を、しっかりと歩いていきます。

大きな壁を乗り越える努力を通して、また一つ成長することができました。 

 

 

 京西での三年間は、私たちにたくさんの経験を与えてくれました。その経験が思い出となり、一人一人の心の中に、忘れられない贈り物となって残っています。たくさんの友との出会いや深め合った友情は、ずっといっしょにいたいという思いを強くさせます。しかし、刻々と迫る別れの時を前に、新しい世界に旅立つ喜びと期待感も、胸に広がってきました。

 現実の世界は不安定で、戦争やテロの恐怖から抜け出すことができずにいます。未来は決して明るいばかりではないけれども、私たちもまた、世界を変える力の一つになりたいと思います。火星に生命体の痕跡を探す科学者のように、夢を追い求め、かなえる努力を惜しまないでいたいと決意しています。

 


   さくら 〜合唱〜

  

  ぼくらは きっと 待っている

  

  君とまた会える日々を

  

  さくら並木の道の上で

  

  手を振り叫ぶよ

 

 もうお別れの時がやってきました。

 在校生の皆さん、私たちは決して立派な先輩ではなかったけれども、

「この京西中学校を、自分勝手な振る舞いを許さない、人も物も大切にできるきれいな学校」にしていってください。

 

 三年間、私たちを支えてくださった先生方や、学校にかかわるすべての方々。ほんとうにありがとうございました。話を素直に聞こうとせず、アドバイスにも耳を傾けられなかったことを、今となっては反省しています。

 

 家庭ではイライラばかりして、ろくに話し合いもせずに、文句ばかり言っては、心配をかけてごめんなさい。そっと見守ってくれているお父さん、お母さんの優しさに甘えていたのかもしれません。私のことで苦しんでいるだろうな、悩んでいるだろうなとは、思いながらも、素直な言葉が出てこずに、口を開けば、嫌な思いをさせてしまいました。ほんとうはとても感謝していました。

 

 そして、最後に、友達へ。

 熱い友情に、何度も勇気をもらいました。

 あなたといっしょだったから、ここまで歩いてくることができました。

 

 これからも変わらぬ友情を信じています。

  

                     二00四年三月十七日

 

 

奈良市立京西中学校  ホーム